2010.4.19

2週間ほど前、うちに一枚の絵がやってきた。
ずっとリビングに飾る絵を探していたのだけれど、
なかなかピンとくるものがなくて、なんとなく飾り気のない部屋のままだった。
緑を添える唯一の鉢植えも、小鳥がガジガジするのと止まり木代わりにするのとで、少し可哀想な感じになっていたし。
ふらっと立ち寄って即購入したイギリスのアートデザイナーの絵は、もともとあったみたいに今では部屋によく馴染んでいる。
実は自分の家に飾るなら、モネの印象日の出か睡蓮がいいと思っていた。
でも部屋の色合いに合わないとあえなく却下された。
美術の教科書や世界史の資料集を、授業も聞かずにずっと眺めていたほど憧れていたのに。でも仕方ない。
だけど何となく縁があって、今働いている会社の私のデスクの前には大きなモネの睡蓮がある。
ふと顔を上げると、PCばかり見ていて疲れた目を癒してくれる。
それに練習で疲れたあと、miyamotoさんの部屋に行っても、飾ってある睡蓮が優しい色合いで労ってくれる。
ずっと自分たちの音楽は印象派の絵みたいなものだと思っていた。
美術館で絵を見て何かを感じるように、自分たちが完成させた音楽をただそこで聞いて、そしてそれぞれ何か感じ取ってもらえればそれでいいと思っていた。
ステージ上が一つの大きな絵で、それを見てもらっているような感覚。
だけどここ1年くらい・・・その感覚が何だか違ってたなぁと思うし、違うなぁと思う。
ステージの上で「完成させる」こと以上に、もっと「伝えよう」とする自分がいたり、
こちらからの一方的なものではなく、相互的な感覚を得たり。
本来ライブとはそうあるべきものだと思うけれど、前はイメージを音で創り上げることに集中しすぎていたのかもしれない。
もしかしたらそれにだけ集中していないと出来ないくらい、自分に余力がなかっただけなのかもしれないけれど。
だけど今はステージ上に綺麗に納まった演奏はもういい、と思う。
もっと広い、空間のある演奏を目指したい。
aoi

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