今朝小さな小さな地震が私の住んでいるところであった。
ベッドの中でないと感じられないような本当に小さな揺れだったけれど、
このままおさまって欲しいと心から願った。
神戸であの地震が起きたとき、私はまだ小学生だった。
大きな揺れで目を覚ますと、寝ている足元におもちゃが崩れるように落ちてきた。
母の「こっちに来なさい!!」と叫ぶ声。
妹と手をつなぎ、揺れでふらふらする足で母の寝ている部屋へ向かった。
父はもう出勤していた。
1月の薄暗い早朝の光の中、母は布団の中で私と妹を左右、抱え込むように抱きしめた。
揺れは永遠に思われるほど、物凄く長く感じた。
周りの音は一切聞こえず、本当に静かで、うちだけゴジラが揺らしているのかと錯覚した。
揺れが収まり、1階に降りるとそこは自分の知っている部屋ではなくなっていた。
あらゆる物が崩れ、割れ、ぐちゃぐちゃになっていた。
急いでつけたラジオから聞こえる「またガス爆発です!」という声と爆発音。
駅まで父を迎えに行く車が走る道路は、街灯も信号もすべてついておらず薄暗く、
事故をおこしている車もあった。
世界が終わったかのようだった。
電気が復旧してから見たテレビに映る、自分の住む神戸の街が火の海に飲まれている様子。
一日中何度も襲ってくる余震の恐怖。
自衛隊の給水車にポリバケツも持って並び、水をもらいに行く日々。
いつ再開するかわからない学校。
水道をひねって水が出たときの喜び。
再開した学校で会った友達みんなの元気な顔。
当たり前のことがこんなに素晴らしいとは思わなかった。
人間は愚かだから、何でもすぐに忘れてしまう。
恐怖を思い出すだけではなく、
当たり前に身近にいる人、当たり前の恵まれた環境、
きちんと感謝して生きていかなければいけないと、
今日みたいな小さな地震は、思い起こさせてくれる。
aoi